大自然や自分と向き合うことができ、一生ものの趣味として楽しむことができる登山。快適かつ安全に山を楽しむためには“適切な装備”が必要であり、ハードルが高いとも思われがちですが、基本さえ心得ておけば難しいことはありません。登山界のアカデミー賞と呼ばれる「ピオレドール賞」を受賞した世界的な登山家であり、山小屋の運営者、山岳ガイドとしても多くの登山者を見守ってきた花谷泰広さんも、「もっと多くの人に気軽に山を楽しんでほしい」と語ります。そんな花谷さんが、誰もがすぐに実践できる山への備え方やワザ、心構えなどを丁寧に教えてくれました。
登山における最重要装備は
「肌着」「シェル」「シューズ」
あらゆるトラブルを想定して備えるのが山の装備。しかし、リスクを恐れるがあまり荷物が多くなってしまっては本末転倒です。大きく重いバックパックは体力を早く消耗させるだけでなく、歩みを不安定にさせ、転倒や滑落の危険性も高めます。一方、軽ければ軽いほど速く、安全に、そして楽しく登ることができるでしょう。
「軽さとリスクへの備え、そのバランスをどう取るかは経験しながら学んでいくものですから、最初から難しく考えなくても大丈夫です。初心者の方がまず意識するべきなのは“濡れない・濡らさない”ということです」
登山において濡れるとは、体温を奪われること。一般的に100m標高が上がるごとに気温は0.6℃下がり、さらに秒速1mの風が吹くごとに体感温度は1℃下がると言われます。そんな中で汗や雨で身体を濡らしてしまうと、気象状況によっては夏でも低体温症になってしまう可能性が十分にあるのです。
そこで重要となるのがウェア。花谷さんは、肌に触れる「ベースレイヤー(肌着・下着)」、一番外側に着る「シェル」、足を守る「シューズ」の3点は、初心者でも投資するべき重要なアイテムだと言います。
「ミッドレイヤーと呼ばれる中間着などは、すでにお持ちのものでも何とか代用できますが、性能が物を言うこの3点だけは、リスクに直結するため替えが効きません。ベースレイヤーは汗をかいてもすぐ乾く速乾性が高いものを、シェルとシューズは外からの水を通さず内側の蒸れを外に逃がす防水性と透湿性が高いものを選びましょう。厳しい山になれば、ウェア1つで生死が分かれます。どんなときでも自然環境に合わせた備えが大切です」
雨風をしのぐことができるレインウェアは登山者のマストアイテムとして知られますが、雨が降っていなくとも、夜露で濡れた藪を歩くとき、そして万が一遭難したときの保温のためなど、実は必要となるシーンは多いのです。写真はGORE-TEXファブリクスを採用した、ザ・ノース・フェイスのクライムライトジャケットとジップパンツ。コンパクトに収納することができる。
また、シューズはスポルティバのものを愛用する花谷さん。「夏山で雪がない整備された道を歩く場合は、軽くて剛性がしっかりしている『TX4 MID GTX』をメインで履いています」。
「命を守るウェアやシューズに妥協しないことが、安全で楽しい登山への第一歩。特に最近は素材が進化してどんどん軽くて丈夫になっていますから、使わない手はないですよ」
山のアイテム選びにおける基本として、ぜひ頭に入れておきたいポイントです。
肌着の替えはジップロックに。
パッキング術に現れる最適化への意識。
登山一家に生まれ、幼少期から山に登ってきた花谷さん。どんなところに登山の魅力を感じるのでしょうか。
「情報に溢れた今の時代、情報がないということがすごく贅沢に思えます。そういった状況の中で全ての行動を自分の責任で判断して進んで行くのが登山で、判断を間違えば命を落とすことだってある。それって山の掟みたいなものなんですけど、これがないと山登りの魅力は半減するんじゃないでしょうか。これから登山を始める人にも、わざわざ大変なところに行くっていう行為を楽しんでもらえたら嬉しいですよね」
一方で、適切な情報をしっかりと活用することは今や登山においては必須。
「天気予報から登山ルートの最新状況まで、いまはスマホでチェックできます。そういった情報を面倒くさがらずに集めることもテクニックのひとつです」
どんなことも自分の責任となる登山。それは決して大胆なチャレンジを意味するのではなく、誰にでもマネできる小さな一歩の積み重ね。例えばそれは、パッキングの技ひとつにも現れています。こちら(下の写真)は花谷さんがいつも持ち歩いている代表的なアイテム。とてもコンパクトにまとめられています。軽量かつコンパクトさが重要となるトレイルランナーのパッキングを参考にすることもあるのだとか。
「例えば下着類。万が一汗で濡らしてしまっても、乾いたものに替えるだけでかなり体感温度は変わります。なので僕は長袖のベースレイヤーだけは必ず替えを持っていくのですが、濡れないようにジップロックに入れています」
夏の低山なら半袖のベースレイヤーでもいいとのこと。地味に思えるかもしれませんが、重量を最小限にしながら最大の効果を得るための参考にしたいテクニックです。
「また、ポイズンリムーバーだけは、時間との闘いなのですぐに取り出せるようバックパックの(上部の)雨蓋に入れています。多くの方がエマージェンシーキットの中に入れていると思いますが、役割をしっかりと把握して、適切な場所に収納していくことが大切ですね」
そのように教えてくれる花谷さんの、いつも持ち歩いているエマージェンシーキット一式を見せてもらいました。どれも、長い登山やガイド経験の中で厳選されてきたアイテムばかりです。
日差しの強い標高の高い山や雪山ではサングラスが欠かせません。こちらは、常用のものが破損した際などのバックアップ用として持ち歩いているという、フィルムタイプの超コンパクトなサングラス。
また、日帰りでも万が一に備えてヘッドライト(写真左)を携行(写真は予備用のライト)。定番アイテムの熊鈴は音色がお気に入りとのこと。横のブローチにはハッカ油をスプレーしておくことで虫除けにもなるそうです(写真右)。
「他を選ぶ理由がないと言い切れるくらい、
GORE-TEX一択なんです」
「大切なのは優先順位」── ウェア選びでもパッキングでも、花谷さんが何度も口にしていた言葉です。良いものの中でも“持つべきもの”と“どうにかなるもの”がある。花谷さんにとって、常にその優先順位の上位にあるのがGORE-TEXプロダクトのウェアやシューズです。
「シェルとシューズは、必ずGORE-TEXのものを使うようにしています。これはサポートを受けていたからということでは決してなくて(笑)、経験から来る絶対的な安心感と信頼感。これに尽きます」
これまで何度も過酷な登山を繰り返してきた中で、どれだけタフに扱っても大きなトラブルに見舞われたことがなかった。その事実こそが、花谷さんが信頼を寄せる理由だと言います。GORE-TEXプロダクトはさまざまなウェアを試した中で辿り付いた、まさに最適解なのです。
「日本の山は、ベタベタの雪が降ったり湿度が高かったりと、実は海外と比べてもウェアにとってもかなり過酷です。その上、僕らの扱いもひどいもので、濡らしっぱなしで放置してしまうこともあるし、テントの中では他のものを濡らさないようにマットの下敷きにすることもあるし、さらにその翌朝に着て外に出れば一瞬でバリバリに凍ることもあります。そういったタフな環境にも耐えられる一方で、必要なときにちゃんと身体を守ってくれる。だからGORE-TEXプロダクト一択なんです」
代わりのない唯一無二の存在であることをその性能で証明してきた“GORE-TEXプロダクト”。これからも絶え間ない進化とともに、山を楽しむすべての人たちの期待に応え、保護性と快適さを提供し続けます。
花谷泰広 さん
幼少から六甲山で登山に親しみ、1996年にラトナチュリ峰(ネパール・7035m)に初登頂。以降、世界各地で登山を実践。2012年にキャシャール峰(ネパール・6770m)南ピラー初登攀で、ピオレドール賞を受賞。2015年より若手登山家養成プロジェクト「ヒマラヤキャンプ」を開始、2017年より甲斐駒ヶ岳黒戸尾根の七丈小屋の運営を開始。2020年からはTHE NORTH FACEと山梨県北杜市の包括連携協定の立役者として様々なアウトドア普及事業に取り組むなど、国内外で幅広く活動中。(日本山岳ガイド協会認定・山岳ガイドステージⅡ)