ひとつのアイテムをパートナーとして大切に、長く愛し続ける上で欠かせないのがリペア(修理)。各アウトドアブランドはどんなリペアサービスを展開し、そこにはどんな思いが込められているのでしょうか? 複数ブランドへの取材をもとに探っていきます。今回は、アウトドアブランドのなかでもいち早く環境保護を訴えてきた「Patagonia(パタゴニア)」の取り組みを紹介。
環境保護の観点で様々な取り組みを現在進行形で行っている同社のなかでも、特に力を入れているのがリペアサービスです。日本では神奈川県鎌倉市と横浜市にリペアセンターを構え、修理を受け付ける数は年間約2万件。地道な活動が実を結び、良いものを修理しながら長く使うという文化が少しずつ根付きはじめています。パタゴニアはなぜリペアに取り組み、そして、その先にどのような未来を思い描いているのか。鎌倉のリペアセンターにうかがい、サーキュラリティ・ディレクターの平田健夫さんに聞きました。
リペアセンター発足から30年以上。
製品を長く愛用してもらうための環境作りを継続
「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」という企業理念を掲げ、社会や環境に対する責任を果たしている企業としても知られるパタゴニア社。使用する素材ひとつとっても、どんなに高機能でも環境負荷が高いものは製品に採用しないなど、独自の厳しい基準を設け、ものづくりと向き合っているアウトドアメーカーです。
その先進的な取り組みは、ものづくりだけに限りません。売上げの1%を環境団体支援に寄付をする「1% for the Planet」や、環境保護活動に助成を行う「環境助成金プログラム」などを通じ、真正面から環境問題に取り組んでいます。創業者のイヴォン・シェイナード氏が、本人と家族で所有していた全株式を信託と非営利団体などに譲渡したことも世界的な話題になりました。
そんな同社が提供するリペアサービスは、年間約2万件もの修理を行う大規模なもの。その歴史は1988年からと古く、少しずつ認知を広げ、今では毎日のように修理品が全国から届くようになりました。そもそもパタゴニアは、なぜリペアサービスに力を入れてきたのでしょうか。その裏側には、「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える」という企業としての行動指針があるといいます。
「私たちが考える“最高の製品”とは、端的に言えば、長く使える耐久性がある製品です」と語るのは、2021年1月に新設されたサーキュラリティ(循環性)部門のディレクターを務める平田さんです。
「アウトドアウェアにおいて耐久性は不可欠ですが、それは環境の面から見ても同じ。耐久性が高ければ長く使うことができ、自然に対するインパクトを減らすことにも繋がります。そこでパタゴニアの製品は、環境に配慮した素材を使い、メンテナンスや修理がしやすい構造を企画段階から取り入れ、長く愛用していただくための多くの工夫を取り入れています」
壊れてしまったものをもう一度使えるようにするリペアは、パタゴニアにとって企業理念と直結する重要なファクター。だからこそ、長年にわたって注力しているのだといいます。
「生産活動が地球環境に負荷をかけているのは紛れのない事実で、これからの地球では、新しいものをただ生み出すだけのビジネスは成り立たなくなっていくはず。そこで私たちサーキュラリティ部門では、リペアに加え、これまで別々の部門でそれぞれに行っていたリユースやリサイクルの事業を統括しました。今あるものを長く使っていただいたり、クローゼットに眠っているものを二次流通させてもらったりすることで、循環していく新しい仕組みを作ることを目指しています」
リペアの依頼件数は年々増加中。
GORE-TEX プロダクトの機能も元通りに
パタゴニアのリペアセンターは、2箇所で計60名ほどのチームで運営されています。修理の6割ほどを自社で修理し、残り4割についてはパートナーと呼ばれる技術を共有した社外工場や個人に委託しています。
「規模の大きさこそアメリカ本国には叶いませんが、市場に流通している製品の数を勘案すると、実は日本の方が修理される割合は高いんです。最近はご依頼いただく数も増えています。少しでも早くお客様に製品をお返しできるよう、パートナーの増員にも力を入れています」
そして驚かされるのが、登山用のシェルジャケットからフィッシング用のウェーダー、ウェットスーツまで、基本的にはほぼすべての製品が自社で修理対応可能であること。そのため鎌倉のリペアセンターには、補修用の素材やパーツが大量に保管されています。
「見た目はなるべく元通りにしてお返ししたいと思っているのですが、残念ながら同じ生地やパーツがない場合もあります。その際は本国から取り寄せたり、できるだけ見た目や色味が近いものを使ったりして修理を行っています」
もちろん、GORE-TEX プロダクトが採用されているアイテムも修理が可能です。
「修理依頼の多いGORE-TEX関連製品は、スノーやアルパイン向けの過酷なシーンで使用されるアイテムです。なかでもよくあるのが、エッジなどに引っ掛けて穴を開けてしまったり、止水ジップ部分が破損してしまったというケース。そういう場合にも、機能面はしっかり元通りにすることができます。こちら(写真上)もGORE-TEXのジャケットなのですが、生地を切り出してリペアに使っています。このように実際の製品から生地やパーツを流用することもあるので、そのためのアイテムもたくさんストックしています。ちなみに、GORE-TEX以外の製品も含めると、いちばん修理依頼が多いのはダウンジャケット。焚き火の火の粉などで穴が空いてしまったという例が、すごく多いですね」
また、上の写真は平田さんが過去にリペアした私物のパタゴニアのジーンズ。農作業をしているときに足首の内側のあたりを破いてしまい、タタキ補修をしたのだそうです。
「このように補修跡が残ってしまう場合もありますが、これも味。むしろ思い出が詰まった自分だけの1本として愛着が湧いてきます。また、パンツなどはリサイズすることも可能で、私が入社当時に購入したデニムは、サイズを直して息子が受け継いでいます。そうやって新品にはない楽しみ方ができるのもリペアの醍醐味ですね」
リペアサービスを通じて修理することの価値を伝えたい
ものを大切に使うという価値観が世の中の流れとして広がりつつある昨今、平田さんはニーズの高まりを肌で感じているといいます。
「有り難いことに、リペアサービスをご利用いただいたお客様からは、『愛着のある服が戻ってきて本当に良かった』など、うれしいコメントをたくさんいただいています」
「企業として長年このサービスを続けてきたなかで伝えたいのは“修理することの価値”。ものを大切にするって当たり前のことですが、実は結構できていないことも多い。実際にキレイに直った服が戻ってきたときの感動はひとしおですよ」
リペアは、いわば企業とユーザーの架け橋。ものを修理するということを通じて、双方向のコミュニケーションもたくさん生まれています。
「お客様にはスタッフの想いや作業の裏側もお伝えしたいし、スタッフにはお客様の気持ちを感じてもらいたい。そういったアイデアから、リペアスタッフが担当した修理品にひと言コメントを添えたり、お客様へアンケートを実施するなどの取り組みも行っています。少しでも修理することの価値を感じていただけたらうれしいですね」
「また、リペアをお受けする我々にとっても学ぶことが多いんです。大きなリペアが必要なアイテムをお持ち込みいただくと、店舗のスタッフたちが集まってきて、みんなで壊れた理由やリペア方法などについてワイワイ楽しく話し合うこともあります。自分たちのアイテムがどのように使われているかは、やはり興味深いですし、その後の接客やアイテム作りにも役立っています」
また、平田さんが密かに期待を寄せているのは、こうしたパタゴニアの活動が他のアパレルブランドを巻き込んだムーブメントになっていくこと。
「ものを大切に使ってもらうための活動は、何かおもしろいことができる可能性があると思っています。ブランドの垣根なく、リペアというカルチャーを共に育てて行くようなことができれば、より環境負荷を減らしていくことにも繋がっていくはずです」
最後に、GORE-TEX プロダクトのユーザーに向けてのアドバイスも。
「ここまでリペアの話をさせていただきましたが、ものを長持ちさせるいちばんの秘訣、それは“日々のメンテナンスを欠かさないこと”です。高い機能を備えたGORE-TEX製品でも、汚れたまま放置したりすると耐久性や撥水性が失われてしまう原因になります。いくらリペアできるといっても、生地の劣化は修理できないこともあるので、アクティビティから帰ったら洗濯をし、撥水性を取り戻す処理をするなど、丁寧にケアを心掛けましょう。そうすればものへの愛着も生まれ、着ているときの安心感や気持ちよさにも繋がっていきます。リペアして使い続けることも、今よりずっと当たり前になっていくはず。リペアでも、メンテナンスでもいいので、ぜひ一度、そういった体験をする機会を持って貰えるとうれしいですね」
▼パタゴニア「Worn Wear」(リペアやメンテナンス情報はこちら)
https://wornwear.patagonia.jp/repair-and-care/