2020年のリニューアルを経て、高度な「頑丈さ」「透湿性」「ストレッチ性」、さらには「サステナビリティ」を実現した「GORE-TEX PRO プロダクト」。“極限を征する”ために必要な要素を余すところなく詰め込んだこの素材は、アウトドア体験にも大きな革新をもたらしています。この連載では、ものづくりへの徹底したこだわりを持つアウトドアブランドの担当者にインタビューし、注目のアイテム、そして「GORE-TEX PRO プロダクト」の魅力に迫ります。第5回にご登場いただくのは、ザ・ノース・フェイス アウトドアグループの小澤由紀子さん。さまざまなアイテムを世に送り出してきた、ウェアの開発ご担当者であり、山をよく知るアウトドアパーソンでもあります。アスリートにフィールドテストを任せるだけでなく、自らもテストをし、そこから得たヒントが開発に生かされています。
そんな小澤さんに、その名の通り、2つの生地を組み合わせることで実現できた「ハイブリッド シアアイス ジャケット/ビブ」の実力をうかがいました。
湿雪を掻き分け、氷壁を登り、
頂に立つためのアルパインジャケット
極限に挑む者を支える装備として、あるいは街中に映えるファッションとして、あらゆる層から支持を集めるザ・ノース・フェイス。膨大な商品群の中でもアルパイン向けの最高峰となる「サミットシリーズ」に属するのが「ハイブリッド シアアイス ジャケット/ビブ」です。
「サミットシリーズは、北極や南極の観測隊、8,000m峰などの高所登山、アルパインクライミングや遠征など、登山のカテゴリの中でも最もコアなシーンまで想定したアイテムをラインナップしています。ハイブリッド シアアイス ジャケット/ビブが想定するのは、氷瀑でのアイスクライミングや冬季縦走登山。氷の世界での登攀(とうはん)を想定したアウターシェルとして開発しました」
ディテールをつぶさに観察してみると、想定するシーンに特化した作りになっていることが随所から伺えます。
「一番分かりやすいのは、腕周りのカッティングです。クライミング時は通常の生活とは異なり、腕を上げている時間が長いため、本作では腕の上げやすさを重視し、上向きの角度で腕を付けています。それに加えて、肩周りにGORE-TEX PRO stretch technologyを組み合わせたことによって腕の可動域が広がり、ザックやハーネスを身に着けた状態でもストレスなくアクロバティックな動きを可能にしています。また、頭を動かす際のストレスを軽減できるよう、フード部分にもGORE-TEX PRO stretch technologyを使っています」
開発時、提携アスリートによるテストのフィードバックでも、特にGORE-TEX PRO stretch technologyへの評判は高かったと言います。
「アスリートたちには何度もテストをしてもらい、意見をもらいながら細部を詰めていったのですが、彼らも驚いていましたね。『これだけ伸びるなら、使う割合を増やして欲しい』と言われることもありました」
パンツにはサミットシリーズで唯一のビブタイプを採用。これは、氷壁へのアプローチや雪深い中で頂上を目指すラッセルを想定してのことだと言います。
「腰の高さまで積もった湿雪を身体で掻き分けていくような過酷な状況を踏まえ、雪が入りにくいビブタイプとすることを選択しました。胸まで生地があることで、保温力が上がることもメリットです。もちろん、各部にはGORE-TEX PRO stretch technologyを取り入れ、登攀時の脚の上げやすさにもとことんこだわりました」
ほかにもザ・ノース・フェイスが培ってきた技術や経験が惜しみなく注がれている本作ですが、開発に当たって一番に重視したのは、他でもない「軽さ」なのだそうです。
「アスリートの場合、50リッター以上のザックに食料や登攀道具も携行するため、装備の重さは20kg以上にも、遠征ならそれ以上の重さにもなります。そんな彼らにとっては数グラムでも軽くしたいというのが本音。人によってはジップの引き手に付いている紐を取り去ってしまう人もいるほどシビアな世界なんです」
そのため、ディテールにおける無駄は一切許されません。少しでも軽量に仕上げるため、何度も検討を重ねたと言います。
「たとえば、ジャケットのウエスト部分に付くパウダーガード(雪が内側に侵入するのを防ぐフラップ)は冬用のアルパインジャケットでは当たり前と思われがちな装備ですが、思い切ってなくしました。ビブパンツを採用したこともある上に、このアクティビティではハーネスを必ず装着すること、さらにバックパックハーネスとも干渉する(同じ箇所に重なるものも多い)ためです。また、ビブパンツも胸の高い位置では、ジャケットとビブのGORE-TEX生地が重なって蒸れやすくなることを避けるために、一部にメッシュ生地を採用するなどして工夫しています。一方で軽さを求めすぎると安全性を損なうことにもなりかねませんから、非常に繊細で気を遣う作業でしたね」
最適な生地の組み合わせを模索し、
GORE-TEX PROの性能を最大限に引き出す
モデル名のハイブリッドとは、2つのGORE-TEX ファブリクス(GORE-TEX PRO most breathable technologyとGORE-TEX PRO stretch technology)を組み合わせていることに由来します。軽さを実現する上では、それらの生地の配分を決定するのが難しかったと言います。
「ストレッチ生地を多く使えば動きやすくはなりますが、反対に重くなってしまいます。耐久性が高く、軽さと透湿性に優れたGORE-TEX PRO most breathable technologyをメインに使いつつ、いかに適切なストレッチ性を実現していくのか。そのバランスを徹底的に研究しました」
軽量性、ストレッチ性、堅牢性、そして透湿性。極限の環境下ではそのどれも欠かせませんが、技術的にすべてを満点にすることは出来ません。仮に出来たとしても、それが雪山で本当に有用とは限らない。そんな様々なバロメーターを調整しながら、最高の組み合わせを模索した結果が、このハイブリッド シアアイス ジャケット/ビブなのです。では、そのバロメーターを細かく左右するものとは何か。それは、細部の作り込みです。
「先述した通りサミットシリーズで唯一ビブパンツを採用するモデルということもあり、かなり細かなところまで時間をかけて突き詰めました。たとえば、ショルダーストラップのエンド部分を収納できるようにしています。また、ファスナーは噛み合う歯の部分を生地で覆い隠すことで、ポケットに手を入れたときに歯が肌やグローブに触れ、傷つけることを防止。身体的なストレスも軽減します」
このように、細かい動きやコンディションまでを想定した作り込みが随所に散りばめられています。ユーザーであっても、その全てに気が付くことは難しいでしょう。しかし、その恩恵は確実にパフォーマンスを発揮する上ではプラスに働いてくれることでしょう。
素材はウェアの基本性能を左右する。
GORE-TEX PROが見せた可能性
これまでいくつものウェアの開発に携わってきた小澤さん曰く、「パターンを工夫することで改善できることもありますが、より良いウェアを作るには、より良い素材が欠かせません」とのこと。
「そういう意味で、強度と軽さ、高い防水性と透湿性、そしてストレッチ性能を兼ね備えるGORE-TEX PRO ファブリクスがあったからこそ、現在のハイブリッド シアアイス ジャケット/ビブを実現できたと思っています。これまで採用してきた素材と比べて革新的な素材に出会うと、“どう料理しようか”という楽しさがあるんですよね」
特にそれを感じたのは、GORE-TEX PRO stretch technologyだと言います。先述の通り適切なバランスを見極めるのが難しい部分でしたが、その分、これまでにない可能性があったそうです。
「これまでのストレッチ生地は、着てみないと伸びている感じを実感しづらかったのですが、GORE-TEX PROでは、少し触るだけでもすごくよく伸びることが分かるわけです。これを使えば今まで以上に良いウェアが作れるし、それによって過酷なチャレンジの安全性もより高まるわけですから、良い素材というのは重要です」
そんな小澤さんに、最後にGORE-TEX PRO ファブリクスに期待することを伺いました。
「創業時から自然と深く関わってきたザ・ノース・フェイスとして、常に環境負荷を意識したものづくりを心掛けています。ただ、サミットシリーズに関しては、命に関わる挑戦をサポートする製品を作っていますから、性能が大事なのは事実です。ですから、GORE-TEX PROの性能はそのままに、より一層、環境負荷を軽減した新素材が登場してくれたら理想的ですね。それを使ったウェアを考えられる日が来ることを、今から楽しみにしています」