幼少期の自然体験からヒマラヤ遠征までの道のり
エベレストをはじめとする標高8,000m以上の山は14座あります。そのすべてがネパールとパキスタン、中国、インド、にまたがるヒマラヤに位置しています。登山家の渡邊直子さんは、2006年から2024年にかけて14座すべてに登頂。
日本人女性として初、そして日本人としても3人目の快挙ですが、ほかにもカンチェンジュンガ(8,586m)とアンナプルナⅠ峰(8,091m)の登頂は日本人女性初、K2(8,611m)の3回登頂は世界女性最多と、どれも記録づくめです。登山家という言葉がふさわしい渡邊さんの活躍ですが、実は看護師を仕事としながらコツコツと積み重ねてきた努力の結晶でもありました。
子どもの頃の自然体験をきっかけに登山にのめり込むようになったという渡邊さん。なんと、3歳から森や川でサバイバルしながら、登山もする企画に毎年1人で参加してきたのだそう。そして、小学4年生の厳冬期の八ヶ岳登山と、中学1年生のパキスタン遠征で、雪山と高所登山の魅力に取り憑かれました。
「はじめてヒマラヤの峰に登ったのは19歳、大学生の頃でした。マルディヒマールという標高5,587mの山に世界最年少で登頂しました。ハプニングの連続でも、毎日が初めての経験ばかりでおもしろいと感じ、ネパールの現地スタッフと交流する刺激的な日々が印象深かったことを覚えています」
マルディヒマールにて。左の2人がシェルパで、一番右が渡邊さん。
マルディヒマールにて。子どもの頃から一緒に冒険企画に参加してきた仲間と。
のちに、2002年にアイランドピーク(6,189m)に、2006年には自身で初となる8,000m峰のチョオユー(8,201m)に登頂。
「私が8,000m峰に登れるなんて、まったく思っていなかったんです。行けるところまで行こう。無理はしない。そんな気持ちで挑みました。でも、結果としては『想像より簡単だったな』という印象でした。チョオユーに登頂した日は、何百人と登山者がいたのですが、私が登山者としては一番目の登頂者だったんです。下山も走りながらでした」
高所登山にのめり込んだ渡邊さんは、看護師として働きながら遠征費用を貯め、精力的にヒマラヤへと通いはじめます。
しかし、渡邊さんは高所登山の何に魅力に感じたのでしょうか。聞いてみると、意外な答えが返ってきました。
「私がヒマラヤに行くのは、登頂のためではないんです。山頂に行くこともおもしろいと思いますが、むしろ魅力を感じるのは、数カ月にもおよぶ遠征で過ごす日々。8,000m峰の登山は、ベースキャンプまでの移動や高度順応、荷揚げ、ルート開拓、天候待ちなど、全行程に1〜2カ月ほどかかります。ベースキャンプでシェルパたちと一緒にご飯を食べたり、海外の登山者と交流をしたり、ハプニングが起こったりと、毎日が刺激で溢れています。だから毎日が楽しい。」
看護師でありながら、気づけば8,000m峰をいくつも登頂。2019年に、難易度の高いアンナプルナⅠ峰とカンチェンジュンガの2座を連続登頂したことで意識が変わり始めます。
アンナプルナⅠ峰に登攀中。いつ雪崩がくるかわからないアイスクライミングポイント。
「それまで、14座の登頂なんて考えたこともありませんでした。登山は記録のためではなく、純粋に遠征が好きだったから。でも、かつてポーター(荷物運び)やキッチンスタッフだったシェルパたちがルート開拓もできる優秀なクライミングガイドになっていて、一緒に登るようになり、より楽しくなりました。現地のスタッフはみんな、幼なじみの仲間のような関係ですから」
2021年にダウラギリ(8,167m)、2022年には5カ月でローツェ(8,516m)など6座を一気に登頂、そして2024年に念願だったシシャパンマ(8,027m)の山頂に立ち、日本人女性として初の8,000m峰全14座登頂者となりました。
2024に登ったシシャパンマ。キッチンテントにて、シェルパたちと。
子どもの頃から身につけていたGORE‑TEX プロダクト
高所登山では欠かすことのできないGORE‑TEX プロダクト。雪と氷に覆われた過酷な雪山を登り、マイナス数十度にもなる気温、そして吹雪から身を守ってくれる大切なギアです。
「私は高所になるにつれて強くなっていくんです。酸素飽和度がシェルパより高いので登るペースが落ちない。雪山では汗をかかないペースに抑えて登るべきだと言われることもありますが、自分が気持ちいいと感じるペースで登りたいんです。当然、汗をかいてしまうこともありますが、ウェア内が汗ばんだりしないのは、GORE‑TEX ファブリクスの透湿性のおかげなのだと実感しています」
シェルパと同じくらい高所に強いという渡邊さん。その体質は生まれもったものなのか、ヒマラヤに通うことで身についたものなのかはわからないと話します。しかし、その力強いパフォーマンスをGORE‑TEX プロダクトが支えていることは間違いありません。
シシャパンマとK2遠征で着用したハードシェルジャケット。
歴代の愛用ウェア。子ども時代に使っていたものも保管している。
また、渡邊さんがGORE‑TEX プロダクトを選ぶもうひとつの理由が、優れた耐久性です。渡邊さんのウェアは、どれも手入れが行き届いており、ヒマラヤの山々で着用されたものとは思えないほど良好な状態を保っています。
「遠征から帰ってきたら、GORE‑TEX 製品はすべてアウトドアウェア用の洗剤できれいに洗って、仕上げに撥水スプレーもかけます。ウェアが機能しないのは命取りになってしまいます。とくに防水は絶対。そのため、高所でもしっかりと本来の性能が発揮できるようにかなり念入りにメンテナンスしています。きちんと手入れをすれば何年も使いつづけることができます」
また、遠征以外では登山と違う服を楽しみたいという理由で使っていないというのも、高所をフィールドとする渡邊さんらしさといえるでしょう。一方で、カラフルな色使いのウェアを選びがちだと渡邊さんは振り返ります。
「日本では黒い服ばかりですが、ヒマラヤでは不思議と派手なウェアを着たくなるんです。山では心が解放されるからでしょうか。心情がウェアの色使いに現れていると思います」
優れた防水透湿性と耐久性を誇るGORE‑TEX PRO プロダクトテクノロジーを採用したハードシェル。
はじめてヒマラヤ遠征に出かけたときから、ウェアはGORE‑TEX プロダクトだったという渡邊さん。実はそのつながりは幼少期からはじまっていました。
「これは、小学生の頃に履いていたレインウエアです。『GORE‑TEX』のロゴが昔のものですね。ほかにも学生時代に使っていたジャケットなど、シェルジャケットやレインウェアを中心に登山用のウェアの多くがGORE TEX 製品です。防水透湿能はいまも健在なので、企画した旅の参加者に提供することもあります」
小学生の頃の思い出が詰まったGORE‑TEX プロダクトのトレッキングパンツ。
渡邊さんは、ウェアのほかにトレッキングシューズにもGORE‑TEX プロダクトテクノロジー搭載のモデルを選んでいます。レザーの色が変わってもずっと履きつづけている愛用品です。
「ベースキャンプまでの何十kmを、何日もかけて歩いていきます。岩もあれば、雪も氷もあるような山を歩いても、水が入ってきません。透湿性もあるのでシューズの中が蒸れないのもいいですね」
ベースキャンプまでの長距離トレッキングを支えるシューズ。
ヒマラヤやシェルパたちのおもしろさをより多くの人へ伝えたい
8,000m峰全14座の登頂を達成してもなお、渡邊さんは8,000m峰遠征を続けたいと話します。その理由は、純粋に長い期間仲間と過ごせるヒマラヤ遠征が好きだから。14座登頂という記録が注目されていますが、実はこれまで渡邊さんが挑んだ8,000m峰登山は登頂できなかったものも含めて、なんと合計30回にも及びます。同じ山に登頂することも少なくなく、世界第2位のK2(8,611m)は、なんと3回も登頂。
「K2は、初めての登頂時、お尻を押してもらった岩壁があったり、自分の力で登れなかったという後悔がありました。2回目、3回目と登り続けることでシェルパや通りすがりの登山家たちから教えてもらいながら技術も身についてきます。シェルパや登山者の力を借りずに、できるだけ自力で登りたいという気持ちは持っていますね。
左)2018年に同じチームでK2を登頂したパキスタン人登山家。中央)パキスタン人初8,000m峰14座登頂者。
マナスルは4回も登りました。『同じ山に何度も登るなんて』と不思議に思われますが、毎回違うエピソードがあります。ルートも、山の様子も、遠征をともにするメンバーも変わります。まったく違う山を登っているというくらい、毎回新しい気持ちで挑むことができます。
やはり、私は記録のために山を登っているのではないんです。ヒマラヤに行きたいという思いの方が強く、登りに行った山が偶然同じだったというだけなのかなと思います」
渡邊さんにとってのヒマラヤは、かつては看護師の仕事をしながら休暇として楽しむ山でしたが、ネパールに通ううちに、生きがいへと変わっていきました。そして、これからも毎年登山シーズンになるとヒマラヤへと向かうのです。
「私はシェルパの文化や考え方、現地のシェルパのコミュニティに入って日々を過ごすことの楽しさを感じています。最近は、SNSでヒマラヤ登山に挑戦したい人を募集して、一緒に遠征に出かける企画を行っています。私が長年取り組んできた高所登山で感じたことや、ヒマラヤの素晴らしさをいろんな人に体験してもらいたいんです。シェルパや海外の登山者など、日本では出会うことのない人とのコミュニケーションも楽しいですよ。山頂まで登らず、ベースキャンプに行くだけでもいいんです。ひとりでも多くの人をヒマラヤに連れていくことが、これからの自分の仕事なのかなと思っています」
渡邊さんが主催した、年末年始のヒマラヤトレッキングにて。
自然で過ごすかけがえのない時間、苦楽をともにする仲間、刺激に溢れる遠征の日々。幼少期の自然体験をきっかけに、山の世界に足を踏み入れ、人生をかけて山に挑んできた渡邊さんは今、自身の体験を次世代へとつないでいこうと取り組んでいます。その挑戦を、これからもGORE‑TEX プロダクトは支えていきます。
渡邊直子 / 登山家・看護師
3歳からNPO団体などのイベントに参加し、両親の付き添いなく登山やキャンプを体験。中学でパキスタンの4,700mまで登山。現在は看護師をしながら、ヒマラヤの魅力を伝える活動にも力を入れている。2024年10月、日本人女性初8,000m峰14座を全制覇。福岡県大野城市出身。
原稿:小林昂祐 写真:木本日菜乃、渡邊直子提供 編集:ユーフォリアファクトリー